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大牟田・筑後 産業遺産紀行
かつて炭鉱の隆盛で栄えた大牟田市。三池炭鉱の発展とともに激動の歴史を積み重ねてきたこのまちには、近代化をしめす多くの足跡があり、日本を賑わせた産業遺産の風景が広がっている。
大牟田での石炭発見の歴史は古く、室町時代に地元の農夫が山中で燃える石を発見したことにはじまる。その後、藩による開発などを経て、1873年に官営化された三池炭鉱は、西洋の技術を導入し、近代化を推し進めた。1889年には、三井財閥に払い下げられ、積極的な洋式採炭技術の導入により、増産体制を確立。日本最大の出炭量を誇る炭鉱へと成長していく。当時の遺構としては、世界文化遺産の構成資産である宮原坑や万田坑、専用鉄道敷跡、三池港はもとより、三川坑、宮浦石炭記念公園、旧三井港倶楽部のほか、通気口であった人口島、初島などが残り、さながら街全体が壮大な機械装置の様相を呈している。
なかでも三池港は、團琢磨によって建設され、百年経った今もなお現役で稼働する港湾である。
近代化の象徴ともいわれ、良質な石炭で国内生産の約1割をまかなうなど、日本の近代化を根底から支えた三池炭鉱。大牟田の地下には、いまなお推定10億トン以上もの石炭が眠っているといわれており、その偉大な功績と、百年にわたり掘り進められたその巨大な空間を思えば、炭鉱ロマンを求めずにはいられないのである。
立ちはだかった、
地底からの湧水。
「なぜ、この男には百年先が見えたのだろう」。福岡県大牟田市の石炭産業遺産を訪ねるたびに思うその男とは、三池炭鉱を日本一の出炭量を誇る炭鉱に育て上げた男、團琢磨(だんたくま)である。幕末に福岡藩士の子として生まれた團は、明治維新後の1871年に渡米。マサチューセッツ工科大学鉱山科を卒業後、帰国して工部省鉱山局に入り、三池炭鉱の開発を手がけた。後に炭鉱が三井組に払い下げられると、團は請われて三井に入り、開発を続けた。
明治中期まで三池炭鉱の前に立ちはだかっていたのが、地下からの湧水。これをなんとか排水しなければ、石炭の採掘は思うように進まなかった。團は、欧米の炭鉱を視察し、英国で見つけたデビーポンプを輸入して、排水問題に取り組んだ。欧米の先進技術により地底の水との戦いを制し、その後同鉱の主力坑として活躍した宮原坑(みやのはらこう)は、第二竪坑が現存し、鋼製の櫓(やぐら)や、捲揚機室、ポンプ室のレンガ造の壁などに当時の面影がうかがえる。
宮原坑、近接の万田坑(まんだこう)、これらの坑口と、港湾、社宅を結んだ専用鉄道敷跡(せんようてつどうじきあと)などが、2015年7月、「明治日本の産業革命遺産」の構成資産として世界遺産に登録された。
三池炭鉱 宮原坑
毎日公開されており、ガイドが丁寧に案内してくれる。毎月第3日曜日には校区内に宮原坑がある大牟田市立駛馬北(はやめきた)小学校の児童がボランティアガイドを務める。手描きの図を使った説明は丁寧で、分かりやすい。※小学生のボランティアは10:00〜12:00(内1時間)
また、明治期の宮原坑の風景を360度ビューで再現したCG、デビーポンプ室のアニメーション等を楽しむことができるタブレットもレンタルしている。
三池炭鉱 万田坑
明治時代の国内最大規模の坑口で、明治期から昭和初期にかけて活躍した。第二竪坑櫓や巻揚機室、風呂場などの作業員のための設備が良好に残り、三池炭鉱の施設の中でもっとも坑口の流れが分かる。
三池炭鉱 専用鉄道敷跡
石炭輸送のための専用鉄道は、1905年には三池港まで延伸。坑口と港を結ぶ一連のシステムを理解することができる貴重な石炭産業遺産となっている。
旧三池集治監外塀
1883年に設置された集治監は現代の刑務所で、収容されていた受刑者たちは三池炭鉱での採炭作業に従事していた(後に同制度は廃止)。現在は県立三池工業高校の外壁である。
三池炭鉱 三川坑跡
昭和期の三池炭鉱の主力坑が三川坑。第一、第二斜坑のふたつの坑口があり、最深部の坑道は海面下520mに達していた。週末に限り一般公開。
築港をしておけば、
いくらか百年の基礎になる。
三池炭鉱から産出した石炭を直接大型船に積載し搬出するため築港されたのが三池港である。
有明海は干満の差が著しく、常時大型船舶が着岸できる港はなかった。そこで團琢磨は、欧米視察で知り得た閘門(こうもん)※1を船渠(せんきょ:ドック)に設置し、船渠内の水位を一定に保つことを考えた。さらに船渠の外側に内港を設け、その先に沖合までの航路突堤を築くという一大港湾建設を行った。團は三池港築港にあたって「石炭山の永久などという事はありはせぬ。…築港をしておけば、いくらか百年の基礎になる」と周囲を説得したという。その言葉通り、三池港は1908年の開港から百年以上経った現在でもその機能を保ち、地域の産業を支えている。
三池港の開港と同時に開館した旧三井港倶楽部(みついみなとくらぶ)は、財界人、海外船の船員たちをもてなすためのサロンや宿泊施設として活躍した。調度品や所蔵品にも栄華を誇った往時を偲ばせる貴重な物が多い。
※1 観音開きされる鋼鉄製の2枚のせき止め扉
三池港 展望所
眺望スペースからも、築港当初から変わらぬハミングバード(ハチドリ)を彷彿とさせる港全景の優美な姿を望むことができる。
旧三井港倶楽部
明治西洋建築の傑作、港の迎賓館は風格ある木造洋館。現在、地元市民らで構成する保存 会によって、レストラン・結婚式場として活用されている。

(出典:大牟田市)
團琢磨
三池炭鉱開発、三池港築港に尽力した後、三井合名会社理事長に就任し、製鉄、造船、化学等、多くの事業に携わった。日本工業倶楽部、初代理事長も務めた。

(出典:大牟田市石炭産業科学館)
洋風かつ丼
かつて大牟田の松屋デパートで愛された「洋風かつ丼」が、閉店から10年目に大牟田のご当地グルメとして復活。おおむた洋風かつ丼研究会認定の味を各店で味わうことができる。
未来へ受け継ぐ、
大牟田市石炭産業科学館。
世界文化遺産に登録された近代化産業遺産、宮原坑や三池港を訪れたなら、その足でぜひ立ち寄ってもらいたい施設がある。それが「大牟田市石炭産業科学館」だ。そこでは三池炭鉱の日本一の出炭量を支えたのが、次々に導入された最新鋭機であり、なによりも各坑でそれを動かし汗を流した多くの炭鉱労働者たちであったことが学べる施設だ。
三池炭鉱が記録した最大出炭量は 1970 年の年間 657万トン。また、最大の従業員数を誇ったのは戦後間もない1947年のこと。その数はおよそ25,600名におよんだ。炭都大牟田の歴史を築いてきたのは、産業界のリーダー以上に、現在では名を知ることもないその労働者たちひとりひとりだ。
大牟田市石炭産業科学館の「こえの博物館」では、実際に炭鉱に関わった数多くの人々の証言映像にふれることができる。世界を感嘆させた日本の急速な近代化の秘密を、その声の中に聞き取ることができるかもしれない。
大牟田市石炭産業科学館
地下400mの坑内の雰囲気を体験できるエレベーター「ダイナミックトンネル」から降りると、再現された地下世界が広がる。昭和から平成にかけて三池炭鉱で活躍した巨大機械が並べられ、迫力満点の見学ができる。
石炭産業科学館を案内してくれるガイドの一人、猿渡恵さんは炭鉱マン歴31年。「ダイナミックトンネル」に展示されている石炭運搬用の電気機関車や採炭用カッターなど、実際に使われた本物の機械について、その優れた点や使い方を詳しく教えてもらえる。
宮浦石炭記念公園
1887年から約80年にわたり石炭を産出した宮浦坑跡に整備された公園。保存されている汽罐場(きかんば)煙突は国登録有形文化財。実際に使用された人車や石炭掘進機などが展示されている。
大牟田・筑後産業遺産 おすすめスポット
大牟田市石炭産業科学館
炭鉱のまちとして栄えた大牟田の歴史や炭鉱技術のあゆみなど豊富な資料をもとに石炭の活躍の幅広さを楽しみながら学ぶことができる資料館。特に地下400mにある坑内行きエレベーター「ダイナミックトンネル」を使って見学できる模擬坑道は見逃せない。

福岡県大牟田市岬町6-23
TEL : 0944-53-2377
9:30~17:00
休館日:毎月最終月曜(祝日の場合はその翌日)12/29~1/3
宮浦石炭記念公園
三池炭鉱の主力坑口として約4,000万トンの石炭を産出し、1968(昭和43)年に閉坑した宮浦坑。その跡地に作られた公園内には、宮浦大斜坑坑口が保存されているほか、実際に地底への往復に使われていた人車とプラットホーム、採炭機械も展示されている。

福岡県大牟田市西宮浦町132-8
旧三池集治監外塀
三池炭鉱で働く囚人たちを収監していた三池集治監。この集治監の周りを囲った高さ約6m長さ約600mのレンガ造りの高塀は県内に唯一残る集治監跡として1966(平成8)年に福岡県有形文化財に指定された。※現在この場所には三池工業高校が建っている。

福岡県大牟田市上官町4-77
三池炭鉱 宮原坑
2015年に世界文化遺産として登録された「明治日本の産業革命遺産」の構成資産の1つ。現在は第二堅坑施設やレンガ造捲揚機室や現存する日本最古の鋼鉄製櫓(やぐら)が三池炭鉱閉山当時のままの状態で保存されており、当面のあいだ毎日見学が可能となっている。

福岡県大牟田市宮原町1-86-3
10:00~17:00
三池炭鉱 専用鉄道敷跡
各坑口から出炭した石炭や、坑内材料、坑口で働く鉱員などの運搬をするために敷設された専用鉄道。専用鉄道本線は三池炭鉱の各坑口の変遷とともに三池港まで延長され、最盛期は総延長150kmまでにおよんだ。ビュースポットは宮原坑の東南側 東金ケ坂橋付近。
三池炭鉱 万田坑
三池炭鉱の中でも中心的存在でもある、日本最大規模の2つの竪坑を持つ万田坑はレンガ造りの重厚な建物はもちろん巨大な機械が残された機械室など見どころ満載。明治から戦後まで日本の経済成長をけん引したまさに炭鉱施設のシンボルといえる坑口。

熊本県荒尾市原万田200-2
9:30~17:00
休館日:毎週月曜(祝日の場合はその翌日) 12/29~1/3(12/21までは毎月最終月曜のみ)
三池港 展望所
2015(平成27)年の世界文化遺産登録にともない開設された展望所。現在も船渠(ドック)の水位を一定に保つため稼動している日本で唯一の閘門式水門は一見の価値あり。三池港を一望でき、さらに閘門を正面から眺められる絶好のスペースになっている。

福岡県大牟田市新港町(三池港入口交差点から三池港へ入るとすぐ)
10:00~17:00
旧三井港倶楽部
市指定有形文化財にも指定された優雅な西洋建築が特徴の建造物。炭鉱全盛期には外国の要人、政財界人などの迎賓館としても使われた。現在は結婚式場やレストランとして営業しており、当時のままの家具や収蔵される美術品を誰もが楽しめる。

福岡県大牟田市西港町2-6
TEL : 0944-51-3710
ランチ/11:30~14:30、ディナー/要予約
三池炭鉱 三川坑跡
戦中・戦後のエネルギー拠点としての役割を担い、昭和天皇のご入坑、労働争議、炭じん爆発事故などの歴史的な出来事の舞台になった三川坑跡。戦後の日本の復興を支えた傾斜生産期に三池炭鉱の主力坑として活躍した。

福岡県大牟田市西港町2丁目
10:00~17:00
公開日:毎週土曜、日曜、祝日
旧長崎税関三池税関支署
三池港が開港した1908(明治41)年に、開港と同時に開庁した国内でも数少ない明治期の税関庁舎遺構。税関として使用されなくなった後は、三井鉱山や関連会社の事務所・倉庫などとして利用された。木造瓦葺き平屋建ての内部には、天井の一部に掘り込みを施された木製円形飾りがあり、受付窓口も当時の様子が伺える。

福岡県大牟田市新港町1-25
10:00~17:00
公開日:土曜、日曜、祝日
旧三川電鉄変電所/現・㈱サンデン本社屋
三池港に通じる三池炭鉱専用鉄道用の旧変電所。平屋建ての建物は、イギリス積みに組んだレンガ造りで、スレート葺きの切妻屋根が2棟接して並んだ形となっている。平成10年に民間会社が買収し、修復を進めながら本社屋として使用。本来の姿を維持しながら今も活用されており、近代化遺産の保存として好例といえる。

福岡県大牟田市新港町1-30
クレーン船「大金剛丸」
三池港閘門近くの内渠に係留してある英国製のクレーン船。1905(明治38)年に大阪築港会社より中古で購入され、三池港築港工事にも従事した。この年代のクレーン船が残っているのは極めて稀である。クレーンの吊り上げ能力は最大15トンで、現在も年間で15回ほど稼動し、原動機は石炭を使う蒸気式ボイラーである。

福岡県大牟田市新港町1
※埠頭から見学可能
三池炭山創業碑
1930(昭和5)年、笹林公園の敷地内に設置された官営三池炭鉱開発を記念する石碑。碑の右側面には、旧三井物産による経営が始まる以前の三池炭鉱の歴史が、官営時代を中心に刻まれている。台座には、碑の建立にあたった地元の政界経済界の有力者ら、発起者の名が記されている。

福岡県大牟田市笹林町1(笹林公園内)
大牟田市役所本庁舎旧館
1936(昭和11)年に完成したJR大牟田駅前に位置する市庁舎。大きく庇の突き出た玄関や5層の塔屋で中心性を強調し、重厚感を出す当時の官庁建築の特徴を現している。市街地のほとんどが焦土化した第二次世界大戦の戦火にも耐え抜き、現在も市役所として使用されている。国の登録有形文化財。

福岡県大牟田市有明町2-3
0944-41-2222
柳川藩主立花邸 御花
江戸時代から続く柳川藩主立花家の歴史を伝える国指定名勝「立花氏庭園」。堀に囲まれた7千坪の敷地には、明治時代に設けられた伯爵邸と庭園が当時のまま残っており、大名家の華やかな文化を体感できる。伯爵家族の居室は料亭となり、庭園を眺めながら名物「うなぎのセイロ蒸し」や有明海の珍味の会席料理が味わえる。

福岡県柳川市新外町1
0944-73-2189
NEW筑後川昇開橋
昭和10 (1935)年に架設された、全長約507m高さ30mの可動鉄橋。2つの鉄塔にはさまれた中央部が約23mの高さまで上昇し、大型船が自在に航行できるようになっている。現在は『遊歩道』として一般に開放され、夜間にはライトアップされている。重要文化財、機械遺産指定。

福岡県大川市大字向島/佐賀県佐賀市諸冨町大字為重
0944-87-9919(公益財団法人 筑後川昇開橋観光財団事務局)
9:00〜16:35(詳しくはHPにて確認)、ライトアップは日没から22:00まで
閉鎖日:月曜(祝日の場合は翌日)、強風の場合
NEW三角西港
熊本県にある三角西港は明治20(1887)年に完成し、宮城県や福井県の港と並んで“明治三大築港”と称される。高度な石積みの技術により造られた埠頭や干満の差を利用した天然の下水道機能を持つ排水路など、明治期の港湾施設が完全な形で残る国内唯一の例として価値が高い。

熊本県宇城市三角町三角浦
0964-32-1428(宇城市教育委員会世界遺産推進室)
福岡県商工部観光局観光振興課 TEL:092-643-3429
福岡県商工部観光局観光振興課 TEL:092-643-3429